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動物を飼うことについて

2009年04月03日 18:49

※ペットという言葉はふさわしくないと思ったので、『動物』等と表現しています。


動物を飼いたいな~、と思い母親に言ってみるとハムスターやモルモットなら
飼ってもいいと言われました。
どんなのにしようか悩んで、知人に相談してみると…。


  俺はハムスターを飼ったことがあるけど、一年くらいで死んだよ。
夜、ハムスターと遊んでたら急に目を細めてね。それからゆっくり目を閉じて…
呼んだらもう一回目を開いたんだけど、ぴくぴくしながらまた目を閉じたんだ。
で、触ってみたらどんどん冷たくなって、しまいには動かなくなって……

そのときはもう泣きまくったね。
それで朝起きて『生きてないかな?昨日は寝てるだけだったのかもしれない。きっとまだ生きてる…』って思ってみたらハムスターが寝るようにまるまっていて、触ってみたらやっぱり凄く冷たかった。

泣きまくってたら次の日、母親がまたすぐハムスターを飼ってきてね…
流石にキレそうになったよ。
『死んだらすぐに次、でいい訳ないだろ!あいつの代わりはいないんだよ!』
って思ってね。

動物ってお店でかったら大体はもうそのときから飼い主のとこで
一生を過ごしていくわけだから、飼い主のことしか知らない。
しかも、食べて寝て遊ぶことしかできないから、空いてる時間はずっと飼い主のこと思ってるわけじゃん。
だから飼い主が外出してるしてる時はずっと飼い主をまってるよね。

そういう無垢な動物が死ぬ時は、悲しいという感情を越えたとこまでいくよ。
『俺しか知らずに一生を終えたんだ。もっとかまってやればよかった…。』

俺が何を言いたいかっていうとさ…
飼われた動物の人生って飼い主で決まるから、中途半端な思いで飼っちゃダメだ。

動物も人間と同じなんだから『癒される道具』が欲しいだけならよく考えて。
『私が幸せにしてやれるだろうか』『ストレスを与えないようにかまってやることができるだろうか』って本気で考えて、無理と思ったら飼わない方がいい。
良い飼い主に貰われた方が動物も幸せに過ごせるだろうから。

                              」

だそうです。
えらいな~と思いました。感心の一言。

でもなんか「飼うな!!」と言われたような気がします;
まぁ飼わない事にしました。


でも何故か感謝の気持ちでいっぱいです。

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ちょっとくらいは素晴らしいと思う、この世界

2008年11月22日 16:15

日本が、世界が、おかしくなってきていると思った。
そこで自分で日本を新しく創ったらどうなるかを考えてみた。
まず、医者と軍隊、私が信用している人と五歳未満の子供約20名、技術者。以上あげた者以外は消す。いや、消すなんて言い方は嘘をついているか、殺すということだ。 で、それから国を創っていく。

そこまで考えた私はハッとした。―なんてことを考えていたんだろう。私は日本に、ここに、この世界に生まれて、良い人たちと出会った。これから自分がいく道のことも凄く楽しみにしている。こんなにも、こんなにも幸せなのに、私は一瞬でもあんなことを考えた。
実際、本当にこの世界が壊れたらたとえ次の新しい世界が裕福で、なんでも有ったとしても私は泣き叫ぶだろう。

確かに世界も日本も決して良い状態ではないけれど、私は幸せだ。
「胡散臭いし綺麗事を並べてるだけだろ、へっ。大体この世界に不幸なやつがどれくらいいるか知ってるか?」などと思う人もいると思う。しかし、これは本当のことだし、不幸な人々がいると解っている上で幸せだと言うのだ。

以上わけのわからないことを言いまくりましたが許してください、そういう年頃なんです。

幸せでないという方、申し訳ありません。
ですが一度、自分の状態や過去にあった出来事を考えてみて下さい。もしかしたらもうすでに幸せだったという方もいらっしゃるでしょうしそうでない方もいることでしょう。そうでない方は、今の自分は何をすれば満たされるのか、幸せになれるだろうかを考えてみてはいかがでしょうか。
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一人称について

2008年11月18日 18:03

一人称。それは自分自身の呼び方。(「私たち」等の複数形も含まれるが、今回は一人称単数主格代名詞に限った話をさせてもらう。)
自分の呼び方といっても多くの言語の一人称は一つに定められている。英語がその代表的な例であろう、" I "だ。この一文字だけで話し手は自分を表すことが出来るのだ。
それに比べて日本語には数えきれないほどの一人称がある。主な一人称と言えば「私、あたし、僕、俺」等があげられる。
使い方としては公の場では私、親しい場合は俺・あたし(私)だと私は考える。「僕」については主に未成年の男子が使用したり、成人男性が友人や家族の間で使ったりする場合もある。
…以上は代表的な使い方であるが、一人称は人それぞれだろう。女子は自分の下の名前で呼ぶ事も少なくはない。だが、それは他人に幼稚なイメージを与えてしまうという事もある。
 
女子が「俺」や「僕」と言うと、周りからは『腐女子~?うわあ』などと思われ、偏見を持たれてしまう事があるのではないだろうか。他にも、私的な場で男性が「私」と使うと、堅苦しいと思われるかもしれない。
そう、これこそが私がこの記事で伝えたかったことなのだ。

 今あげたような使い方をすると勝手に変なイメージ(偏見)を持たれてしまい、話し手としてはつらいのである。確かに独特性があってそれも良いとは思うが、英語の" I "と比較すると使いにくい気がする。英語で" I "を使うのは当たり前であり、それ以外の一人称はないのである。

それに日本語では「私」と「俺」という男女の区別と、「うち」「僕」と「私」の年齢的な区別が有る。そう考えてみると、英語では自分を人として、一人の人間として呼んでいる。つまり、アメリカやイギリス等では男女、年齢関係なく自分を主張しているということでは無いだろうか。



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